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「姫原」  地名の由来


こんばんは
おうちタウン松山の三瀬です

私の仕事は、工事をさせていただいたお客様のその後のメンテナンスとフォロー

菅工事の施工管理技士の免許を持っていますので給排水のお困り事のご相談にも
のっています

さて
お仕事の話はここまで (;^_^A アセアセ・・・


この間
松山の姫原地区のお客様のお家をお伺いしたら
軽之神社のお近くでした。

知ってる方は知ってる、知らない人は知らない(当たり前だって <(_ _)> )

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媛原地区の名前の由来は古事記(712年)、日本書紀(720年)に取り上げられている
第19代 允恭(いんぎょう)天皇(西暦412年即位)の
5番目の子、軽大娘皇女(かるのおおいつらめ)がこの地に流刑されたのが地名の由来です
(ものすごい美人と云われてる)

允恭(いんぎょう)天皇 崩御の後、
後を継ぐはずの長男木梨軽王子(きなしかるのみこ)と妹の軽大娘皇女(かるのおおいつらめ)との
道ならぬ恋の噂が広まり始め、この噂を耳にした家臣たちは、
第5子の穴穂御子(あなほこのみこ)の側に付いて政争が起こり

結果として
第5子の穴穂御子(あなほこのみこ)が天皇に即位して
長男の木梨軽王子が伊予 道後に流刑(古事記の話)
皇子の事を忘れられない皇女が後を追ってこの地に移り住み
その後、二人は自決してしまった。

日本書紀では不倫が発覚して軽大娘皇女がこの地に流刑され
木梨軽王子は穴穂皇子の軍勢に取り囲まれ、自決した

で話が微妙に違ってるのですね (?_?)

話が違った理由は 

日本書紀が日本の正史(対外向けの資料 要するに中国向け
話の筋が恰好悪いので話を変えた?)

古事記は国の統治(天皇の)の正当性を表す資料なので古事記の方がある意味、
真実に近いかも?

でも
実際は弟と長男の天皇の位を取るためのただの政争だったのかも知れないですが

(権力を略奪するために、よくこの手の話が使われてますからね 
大体、穴穂御子(あなほこのみこ)第20代天皇 安康天皇も
結局は実の姉さんと結婚していますから ヾ(・∀・;)オイオイ )


お話としては古事記の話の方が面白いですね
(私の読んだのは梅原猛の現代語訳古事記と図解古事記・日本書紀ですが)

ただ言える事は軽大娘皇女がこの地にいた事は間違いない

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比翼塚 全景 
比翼塚(ひよくづか)は、愛し合って死んだ男女や心中した男女、仲のよかった夫婦を一緒に葬った塚。

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左 比翼塚 右 お二人のお歌

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 比翼塚、静寂(しじま)を破る不如帰(ホトトギス)

次回もお姫さまシリーズ
北条、腰折れ山に咲くお花の悲しいお話になります



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by advmatuyama | 2015-06-03 06:10 | スタッフ日記